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■長押事件(最高裁判所第三小法廷S.56.06.30昭和54(オ)336号)
●事件の概要
 被上告人の長押が上告人実用新案権の考案の技術的範囲に属するか否かについて争われた事件。
●裁判所の判断
 原審は、被上告人の長押が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて判断するにあたり、

(1)本件考案の明細書の実用新案登録請求の範囲の項に、「芯材2の正面及び裏側にベニヤ板3、3′を貼合せ、裏面側のベニヤ板3′は裏打材4によつて裏打ちすると共に、表側のベニヤ板3、芯材2の上面及び芯材2と裏打材4の底面をこれらの面に貼着した単板の良質木材5によつて被覆した事を特徴としてなる長押。」と記載されていること、

(2) 同明細書の考案の詳細な説明の項に、従来より使用されている長押が「木材を接着剤で積層し集成材となし、その三面(正面、上面、底面)を単板の良質材(檜、杉等)で被覆するようなされていた」ために、温度や湿度の変化により曲り及び割れ目が生じ易いものであつたのに対し、本件考案の長押は、「芯材の正面及び裏面にベニヤ板を貼合せ、裏面側のベニヤ板は裏打材によつて固定し、又正面側のベニヤ板は単板の良質木材によつて被覆すると共に該良質木材で上面及び底面をも一体的に被覆するよう構成している」から、温度や湿度が変化しても割れや曲りが生じることなく、しかも外観も損われずに美麗であると記載されていること、

以上の事実を確定したうえ、右事実に基づいて、本件考案の要点は芯材の表面及び裏面にベニヤ板を貼合せる点にあり、これにより温度や湿度による曲り及び割れを防止する効果を生ずるものであるから、本件考案の長押の芯材は、それ自体ベニヤ板のように温度や湿度に対する耐性を備えているものとは異なり、そのような耐性を備えていない別の部材であると解すべきところ、被上告人の長押は、温度や湿度に対する耐性を備えているベニヤ板を芯材に用いるものであり、更に、本件考案の長押は独立の存在である芯材の両側面にベニヤ板を貼合せて製作するのに対し、被上告人の長押は既製のベニヤ合板をそのまま利用して製作するものであるから、両者は技術的思想を異にするものである、と判断したことは、その判文に照らして明らかである。
 ところで、前記原審認定の事実によれば、本件考案の明細書には、集成材を用いる従来の長押には温度や湿度に対する耐性はなかつたが、実用新案登録請求の範囲の項に記載されたとおりの構成をとる本件考案の長押には温度や湿度に対する耐性がある、と記載されているにとどまり、本件考案にいう「芯材2」がどのような材料のものであるかについては記載されていないのであるから、明細書の右記載から本件考案の長押の芯材はベニヤ板のように温度や湿度に対する耐性を備えているものとは異なり、そのような耐性を備えていない別の部材に限るとすることは、困難であるといわなければならない。更に、実用新案法における考案は、物品の形状、構造又は組合せにかかる考案をいうのであつて(実用新案法1条、3条)、製造方法は考案の構成たりえないものであるから、考案の技術的範囲は物品の形状等において判定すべきものであり、被上告人の長押が本件考案の技術的範囲に属するか否かの判断にあたつて製造方法の相違を考慮の中に入れることは許されないものというべきである。
 以上によれば、前記原審認定の事実に基づき原審が判示するような解釈のもとに、被上告人の長押が本件考案の技術的範囲に属しないと判断することはできないものといわなければならない。
 しかしながら、前記原審認定の事実によれば、本件考案において「ベニヤ板」はそれ自体一構成部分をなすものと観念されていることは明らかであるから、ベニヤ板を一構成部分として本件考案と被上告人の長押とを対比してみると、本件考案の長押の本体は、芯材並びに正面及び裏面の各ベニヤ板から構成されているのに対し、被上告人の長押の本体は、ベニヤ板のみから構成されており、本件考案の「芯材2の正面及び裏面にベニヤ板3、3′を貼合せ」るという構成を備えていないものといわざるをえない。したがつて、被上告人の長押は、本件考案とは構造上技術的思想を異にするものであつて、本件考案の技術的範囲に属しないものであり、これと結論を同じくする原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 よって本件上告を棄却する。

 コメント
 実用新案におけるいわゆる「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」(物の考案の実用新案登録請求の範囲に対象となる物の製造方法が記載されている場合のこと)解釈に関する裁判所の判断です。
 方法の保護を対象としていない実用新案における実用新案登録請求の範囲の解釈において、実用新案登録請求の範囲に製造方法の記載がある場合に、物品の形状、構造の説明としての意味を有するものと解すべきであって、製造方法の相違を考慮の対象に入れるべきではない、すなわち、考案の技術的範囲に属するか否かの判断に当たり製造方法の相違を考慮に入れることはできないと判示しています。
特許においても同様に解釈されるべきですが、特許請求の範囲に物の製造方法を記載しなくても物の特定が十分に可能であるにもかかわらず、あえてもその製造方法を特許請求の範囲に記載したと認められるような場合には、権利者においてその製造方法によって製造した物に限定して特許請求したものとしてその範囲で特許発明の技術的範囲を認定することも可能と思われます。